夜風BB
「お客さん、どうするの?買うの?買わないの?」
「えっ、あっ、いえ、また今度にします。すみません。」店主が不審に思うのも無理もない。八百屋の店頭で、さっきからマスカットをじーっと眺めている女性がいたとしたら。
バルーン・アートスクールに通い始めて、秋の作品展に出品することになり、どんな題材にするか考えていたところ、
秋ということと、何となく単純そうだから、という理由で葡萄にすることにした。
ただ、どうせ葡萄にするのなら、 高級なものを、ということでマスカットにしたのだった。しかも、“空飛ぶマスカット”に。単純に考えれば、ラウンドバルーンを組み合わせればできるんだろうけど、マスカットらしく見せるにはどう組み合わせたらよいか?
ということで、スクールからの帰り道、八百屋の店頭で本物のマスカットの粒の付き方を観察していたのだった。使うラウンドバルーンについてはもう既に自宅に揃えてあった。
色はマスカットだからライムグリーン辺りだろうと思うけど、質感について、あえて私はここでパールカラーのものを使うことにした。
さすがにクリスタルカラーにして透けて見えるようにするのは不自然だと思った。
こういう作品では透けないスタンダードカラーにするのがバルーンアートとしては普通だが、 私はそれが作品を子供っぽく、安っぽく
見せてしまうので嫌だった。
せっかくマスカットを題材にするのだから、真珠のような光沢を放つパールカラーで、 少しは大人っぽく、高級感を出そうという趣旨だった。そもそもバルーンアートをやっていて困りものは、“子供”と“大人”だった。
まず子供が困るというのは、未だに子供が風船を「タダでもらえるもの」と思っていることだった。
恐らく日本では販促で風船を無料配布する習慣が根強いせいだろうと思う。
ツイストを使った大道芸ならまだしも、出先でラウンドを使ってオブジェ等を作っていると、必ず子供が寄ってくる。ある日、ショッピングセンターでバルーンを使ったディスプレイを手掛けていた時のこと。
私の制作作業中に、子供が私のそばに寄ってきて風船を指差すなり、「これちょうだい。」
「ごめんね〜。これあげられないのよ。」と私が答えると、その子は少し離れた所にいた母親らしき人の所へ戻って行った。
てっきりそこで母親が、
「ダメでしょ。あれはもらいものじゃないのよ。」
とでも子供をたしなめたのかと思いきや、今度はその母親らしき人が寄ってきて、
「あの〜この風船は何を購入すれば頂けるんでしょうか?」
などと聞いてくる始末。もう唖然とした。
ただ、それでも子供はまだいい。問題は大人。それも大人の“男”だ。
同じスクールに通っている友人が自宅で夜に作品展用のバルーン・コラムを制作した後、入浴していたら、
その間に、泥酔したダンナさんが帰って来たらしい。
お風呂から上がって彼女が見たものは、コラムの風船と風船との間に“何か”を指し込んでいるダンナさんの姿。彼女が悲鳴を上げるも時既に遅し。その“何か”を抜いたら、風船が“タレ”をかぶって納豆のように糸を引いていた始末。
彼女の力作の惨状も我関せずと、ダンナはその場に大の字に倒れてそのまま爆睡。
以来、彼女とダンナさんとは嫌悪な状態が続いているという。でも、そんなことに目くじら立てているから、私はこの歳になっても未だに彼氏もいないのかなぁ、と思っていることも事実。
秋の日の入りは早い。自宅のマンションに帰りついた時には、もう日も暮れていた。
ふと見ると、宅配便の不在通知が来ていた。そうか、ヘリウムガスとか注文していたんだっけ。
すぐに再配達をお願いしたら、ほどなくしてガスボンベが届けられた。今夜はこれでまず試作品を作ってみようと思う。
問題は、空飛ぶと銘打った以上、マスカットのあの房をどのように作り、その形を維持したまま浮かぶようにするか。針金とかを使うと形は維持できるものの、重さで浮かばなくなる。できればカールリボンだけで作るようにしたい。
すると、一番上の粒を4つ玉クラスターにして…いや、普通にブーケにする形でもできるかも…。
そこからはまさに試行錯誤の連続。やっと逆円錐型のマスカットらしい形になった時には、もう夜もかなりふけていた。
どうやったのかについてはライバルに知られると困るので語らないが、上の方の粒をヘリウム、下の方の粒を空気で膨らませた風船にすると、
うまく形を維持したまま浮かぶようだった。さてと、試作もうまく行ったことだし、お風呂入って寝るか、と、私は脱衣室に入った。
服を全部脱ぎ終わったその時だった。ある“ささやき”声が心の中で聞こえてきた。
(あれで遊ばないの?気持ちいいぞー)
今まで思ったこともない、私の心の声。もう裸になってしまって、これからお風呂に入るというのに、“あれ”で遊ぶって…。
私は脱衣室のドアを開けて、今作業していた私の部屋を覗いた。
私のベッドの上に、天井から、巨大なマスカットがたわわに実っていた。スタンダードカラーのようなツルツルした光沢ではなく、パールカラーのザラザラとした鈍い光沢が、本物のマスカットのような重量感を醸し出していた。
私はそのマスカットを両手で掴むと、手元にまで下ろした。
もちろん、見た目の重量感に反して実際には軽い。 我ながらよくできたと思う。
私はマスカットから手を放した。マスカットは浮かび上がった。その時だった。マスカットの中の一粒が、私の乳首に当たり、プルンっと弾いた。
(何、今の感覚)
今まで感じたことのない感覚。見たまんまだけど、真珠が乳首の先を滑ってゆくような、そんな感覚。
(もう一回やってみよう)
と思うのに、何の躊躇もなかった。今思えば、これがこれからエスカレートしてゆく始まりだったのだ。
マスカットの粒で乳首を弾かせる。もう一回。それを繰り返すたびに、乳首が喜んでゆくのがわかった。でもこんなことしてたら、あの“大人”の“男”を批判できない。
心の中ではこう思うものの、体は正直。一度覚えた快感から、私がもう誘惑に負けたのは明らかだった。
いつしか、マスカットの浮力に頼らずに、粒を乳首に押しつけて、こすりつけるという行為に変わっていた。私は両手でマスカットを抱き締めると、ベッドに横になった。
マスカットを両手で掴んだまま仰向けに寝ると、空気の入っている方の粒がちょうど股の所に当たっていた。
このままマスカットを乳首をこするようにして上下に動かすと、空気の入っている方の粒でうまい具合に股の所もこすられるようだった。
自分で作った作品が、まさかこんなことに使えるなんて。最初はゆっくり、味わうように動かしていた手が、いつしか乱暴に、激しい動きに変わってきた。動く度にマスカットがバサバサと音を立てた。
(お願い、許して、許して…)
ここまでは心の声だったが、とうとう本物の声を出してしまった。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜ダメもう、気持ちいい〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
股の方をこすっている粒は、おそらくもう愛液でヌルヌル状態だろう。巨大マスカットに犯されている私の体…。
「行っちゃう!もう行っちゃう!」
あと少し!早く来て!早く!
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜あーーーーーーーーっ…」
巨大マスカットが宙に浮いた。
「………はあん…はあん…はあん………」
正気に帰って思った。試作品で良かったと。
作品展で、私の作品はおかげさまで優秀賞を得た。
体育館のような天井の高い会場で、巨大マスカットがリボンにつながれて浮遊していた。
そのリボンも、巻き蔓に見せるために、何本かカールリボンを余計につけていたのだった。この作品を見るたびに、あの試作品と寝た夜を思い出してしまう私。今度は巨峰バルーンでも作って、一緒に寝ようか…。