by Balloon Taster
お互い社会人となってからも、時間を見つけ交際を深めている。ポッパーとしての俺の所業は、 一応、半公認、となっている。「半」というのは、怜子のマンションへの持ち込みと、強制は禁止、ということだ。
膨らませて一昼夜以上経った風船は、半分くらい空気を抜いてヘアドライアーの温風をあてると、伸びたゴムが縮み、弾力が甦る。そしてまたブロアーで膨らませる。息で膨らませても良いが、寒い時期だと中が呼気の湿気で曇ってしまい、折角の透明感が失われてしまうし、内側につき凝縮した微細な水滴が、割った時にゴムの縮みで集まって水滴になる。自分の息ながら、肌についた時のあの冷たさはかなりヘコむ。新しいものは両手で軽くのばし、膝を立てておいて、膝の丸いところでさらに伸ばす。普通より大きめに膨らましてちょっと空気を抜く。これでよし、お名残惜しいが今宵でしばしのお別れ・・・、と思っているとインターホンがなる。コールに応答しなくても玄関のドアが開くのは、合鍵をを渡してあるからだ。合鍵があっても、一応エントランスでインターホンを押して来訪を知らせてくれる。でも、こんな時に限ってアイツが・・・。
入り口のドアを見ていると、鍵を鍵穴に差し込む音が聞こえ、ツマミがガチャリと回転する。部屋に入った怜子は、
「悪い子はいねーがぁー?」
と部屋を見回す。 職場の近くの物産展でやっていた、なまはげが最近のマイブームだそうだ。チラリとベッ ドの上のブツを見、これからここで起ったであろうコトを素早く察知 する。
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青い風船を3つと赤を1つ膨らませる。青はもちろん怜子のシンボルカラー だし、赤は・・・まあアクセント。彼女が知っ たら怒るだろうか。以前は、俺をからかいつつ部屋を逃げ回る怜子を・・・この場合、冬でも扇風機をかけておく必要がある・・・捕まえてヤるのを好んだが、 あと片付けが大変なので、最近はひもで縛っておくことにしている。風船の結び目のところ同士を結ぶのだが、糸ではすぐ切れてしまうし、輪ゴムでは不自由で、かといって荷造り用のひも では醒めてしまう。紙撚紐やたこ糸までいろいろ試したが、結果として釣りのテグスが細く透明で存在感がなく、しかも強いので良いようだ。4つの風船をうまく結び合わせると、化学で習った電子の軌道模型のように安定する。
そこまでしておいて、自分のモノにゴムをつけ、飛びかかるべく狙いを定める。俺をからかっている怜子の顔 と声が思い浮かぶ。ダイブすると、ギュウ・・・ボン!と一つの風船が俺を受け止め・・・られずに割れ、体がベッドに落ちる。すぐ起き上がり、再びダイ ブ・・・ボン・・・ボン、しまっ た、ネックを釣り糸で限度以上に引っ張られたため、誘爆してしまったようだ。糸で縛っておけば、こういう場合は糸が先に切れてくれる。5Pから3Pまで経て、最後 の一つはゆっくり時間をかけ、丁寧に、いろんな表情や姿勢の怜子を思い浮かべ、押しつけたり腕を回したりいろんなことをして弄ぶ。体の中の圧力をあげてゆき、頂点にあわせて思い切 り身をしずませる。ボン!怜子が逝き、俺の体からドクッドクッ・・・勢いよく体液が放出される。ゴムを取り外し、その重みで量を感じ取 る。
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やれやれ、という顔でベッドの向こう側に立つ。そして両脚を肩幅に広げて立ち、手で作ったピストルをかざし、俺の胸を狙う。
「動かないで!」
「携帯にメールでもしてくれれば・・・急に来るんだもんな・・・」
怜子に近づこうとす ると
「バァーン!」
「ウッ・・・やられた・・・。」
お約束として俺は胸を押さえ、ベッドの上の結びつけられた風 船の横に倒れこむ。風船は割れることはない。
「本部、本部、こちらスコーピオン、 本部、応答願います・・・」
部屋の中を動きながら、低い声で独り言を始める。ベッドの上で動かなくなった俺を一瞥 し、
「こ ちらスコーピオン、手配中のシリアルポッパーのアジトに踏み込み、逮捕を試みましたが、抵抗したため射殺しました。了解ですか?どうぞ。」
スコーピオンは蠍座の自分のコードネームで、俺のことをシリアルポッパーだと。
「アジトで束縛された人質を発見、これより救出に移ります。どうぞ。」
そう言うと、テグスをゆるめ、半結びにしてある風船の結び目を次々に解いてゆく。あの さあ・・・俺は起き上 がり、てんでに飛んでいき落ちている風船を拾い集める。これだけ膨らますのに、ブロアーを布団の中に入れ、音が漏れないようにしたりして手間がかかったのに・・・拾い集めたら、しわになった表面にヘア ドライアーの熱を遠くから当て、伸びきったゴムを縮めておいてから、少し膨らませて静電気でついたホコリを払い、表面のいろんな汚れをふき取っておく。脱酸素剤とシリカ乾燥剤を入れた缶なんかにしまっておくと、もっとよろしい。
怜子も向こうの隅に飛んでいったものを拾ってきてくれ、おれに手渡したあと、
「こんなのもあったわよ?」
と、握った手を開くと、ネックのとこ ろがギザギザに千切れ、結び目のついた、まだ新 しい青いゴム片が載っていた。
「あ、それは・・・。」
「昨日のオカズ?・・・フフッ、でも 変な言い方ね?おかずって、欲求に添え、それを高めるためのもの、ということかしら?」
「満足を高めるもの、ともいえるかな。」
「破片をあんな遠くまで飛ばし て・・・お盛んなのはいいけれど、ちゃんと割った数と結び目の数、チェックして片付けないと駄目よ?わたしのほかに、部屋に誰が来るかも分からないから。・・・さっきのお片付けで気がついたけど、あなたは風船を自由にさせといて・・・、ってやり方 だったけど、最近は結んでおくの?嗜好が変わったのね?私、縛られるのってあまり好きじゃないわ。あなたのアタマの中でどんなことさせられているのか分からないけど。」
・・・ギクリ、とする。
怜子はゴム片を手に 取り、
「あなたのお気に入り、Q16じゃなかったの?あの、ヤンキー娘。」
「まあ、そうだね・・・」
「これって、Q16にしては結び目が小さいよう ね?」
「ああ、それはP16で、大きさはQとあまり変わらないけど、きれいに透き通り、柔らかくて、しかも安いんだ。メキシコ製だよ。」
「ふうん、ラテンの娘はきっと熱情的でしょうね?・・・Q16が永遠の伴侶、なんて言っていたくせに、あれもこれ もとつまみ喰い、浮気してたら、Qさんがブーケ持って部屋に殴り込みに来るわよ?気を付けてね、ポッパーさん?」
・・・参るなぁ。
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一連の片づけ作業が終わるのを隣で見 ていた怜子は、保存用の缶を俺から取り上げ、
「ご苦労様。・・・私に現場を押さえ られた以上、みんな没収ね。・・・本部本部、人質、全員救出しました。これにて現場撤収します、どうぞ!・・・こんなことなのじゃないかと、今日は様子を見に来ただけなの。じゃあね!」
おいおい、もう帰るのかよ・・・?
怜子は帰るそぶりでドアまで行くが、バッグを持って戻ってくると、ソファの俺の隣に座り、
「今夜は、この娘たちとのお名残だっ たようね?」
「ああ。しかし肝心なときに邪魔が入って・・・。」
怜子は俺の耳元でささやく。
「もしもーし、あおい、おっきいふーせん、残ってるんですけど?」
「あ!」
「フフフ、割っちゃう?」
「こら!」
「もうオジサンだし、二日続けてはきついかしら?その瞬間、先っぽから粉が出ても私、困るし」
「おま・・・」
ふざけていると、怜子は俺に体を預け てくる。
「明日からまたしばらく長期の出張でしょう?・・・。だから、今夜してほしいな、って思った の・・・。」
俺と怜子は見つめ合うと、軽くキスをする。胸に手をあて、衣服の上から刺激する。あ・・・と身をよじる・・・が、
「あ、はい、これお金は入っていないけどお餞別。開けていいわよ?」先に渡しておくわ、と、紙袋を手渡される。袋の大きさにしては重いが、取り出すとQ16ジュエルアソートが1袋入っている。
「50個入りよ。簡単にネットで買えるのね。宿泊先のホテルで、私だと思って毎夜愛 して あげてね。出張は一ヶ月間と聞いたから、これだけあればもつと思うけど?」
「おい!」
「フフフ・・・あなたの趣味、最初、え?・・・って思ったけど、ある意味、浮気封じなのかもしれないわ。」
「・・・」
「あれからネットで見てみたけど、そういう関係のサイトってたくさんあるのね?知らなかったわ。 こんなことするの、あなただけかと思っていたけど、少し安心したわ。」
「そういうサイトは沢山あるねぇ・・・」
「風船割るって、balloon pop とか balloon burst って言うのね。それで検索してみると、画像や動画がいっぱいあったわ。中には、女性が ただただ風船を割る動画もたくさんあったわ。膨らまし続けたり、私みたいに爪で割ったり、乗ってバウンドするもの、針で刺したり、かみついたり、タバコの火で割ってしまうのもあったわ。」
「まあ、趣味趣向はそれぞれなんだろうね。」
「あなたはどうなの?」
「ご存知のとおり。いつも爪は研いでおくように。」
「・・・・ほかに珍しいのでは、フリーの読み上げソフトに言わせたい文章を書き込んで女の子の声で発音させる、っというのもあったわ。あ なたなら、 『ワタシ、フウセン、ワルノ、イヤ、コワイ・・・』なんって言わせるのかしら。」
・・・それはまだやったことがないな、今度試してみよう。
「また、ああいう超刺激的なの、やってくれよ。」
「・・・もう風船に恨みはないか ら・・・。それにあなたドン引きしちゃったし。」
「引いた、というより、最初はわけが分からず、たまげたね。つきあう前から、ポッパー の素質はありそうだ、とは思っ ていたけど、俺の目に狂いはなかったな。」
「・・・」
怜子の目が光り、前歯で下唇を軽く噛む。からかわれて少し怒ったときの仕草だ。
「・・・他の娘ほど恐がらないだけよ。それに、あの時は別・・・。」「出張先でも、忙しいでしょうけど、たまには私のこと思い出してね。」
「ああ。でも、『今日も今頃、俺が汚した水着をつけ、ジムのプールを泳いでいるのかな』と考えると、それだけで仕事が手につかなくなるかも な?」
「何を馬鹿なこと考えてるの?昼は、お仕事、 ちゃんとしてよ?」
「ハハハ、大丈夫だよ。言ったかどうか忘れたけど、俺のチームのリーダーは、その年のトップで入社 し、その後社費で留学してMBAを取得した、将来、我が社を背負うことになるだろう、と言われているお方だ。今度は俺が御出張のお伴をさせていただくことになったというわけさ。名誉なことだよ。『出張から社に戻るまでにレポートは完成するつもりよ?いいわね?』、って、もうネジまかれちゃったよ。」
「え?、女性なの?・・・」
「涼子・スーザン・ローレンスさんさ。ハーフで、帰国子女だったそうだ。友達、会社の上司や同僚にはリョウコっ てファーストネームで呼ばせているけど、俺なんかまだそんなご身分じゃない。チームでバーに行った時、俺が酔っ払って「涼子先輩!」って呼んだら「フフ フ、あなた、体育会系ね?」って言われたよ。仕事を離れたら、いい人なんだけどなぁ。でも、仕事でお仕えするのは大変だね。」
「ふうん・・・でも仕事ができて性格悪くないなのら、まあ、良い上司に巡り会ったってことね?」
「あの方にお仕えできたら、うちの社のほかの誰にもお仕えできる、って評判のお方だ。」
「体に気をつけてよ。無理しちゃだめよ。」
「まあね。・・・でも・・・、長期出張中のホテルの一室で、女上司と・・・」
キッ、と目に怒りがともり、怜子は唇を強く噛み俺の腿を強くつねる。
「あなた・・・分かってるでしょうね?・・・」
-----俺は疲労困憊して会議からホテルの部屋に戻る。出張も明後日で終わりだが、疲れがたまっていて、頑張ってノー トを取ったのだが、それを今、読み返しても自分の文字が判読できない。ああ、また会議に要した時間と同じ時間かけて、レコーダーの内容を聞き直さないといけないな・・・。
・・・?・・・!知らない間に寝てしまったようだが、けたたましい部屋の電話の音で目が覚める。時計を見ると、今日ももう終わろうとする 時 間だ。
「ハロー?もしもし?リョウコです。レポートのドラフトを今日中にお願いしておいたけど、出来ているかし ら?」
あの方は、疲れというものを知らないのかな。
「ちょっと、出来ていないでは困るのよ・・・。書きかけでもいいから、見せてくれるかしら?今からあなたの部屋の前まで行くから用意しておいて!」
ガチャリ と電話が切れる。
俺は最低限の身支度をととのえる。しばらくして、強くノックする音が聞こえ、反射的にドアに飛びついて開けて しまう。しまった、部屋の端には風船が・・・。「・・・ドラフト、見せてくれるかしら?」。
「すいません、ちょっとプリンタの調子が悪くって・・・打ち出せなくって・・・」
入り口と部屋の机を行ったり来たり、寝癖のついた髪でモタモタしている俺に苛立ち、
「ごめんなさい、ディスプレイ上で確認させて頂戴?」
部屋に入ってくる。
入るなり、床に転がった数多くの風船にリョウコは驚く。
「oh! なぜバルーンが一杯こんな所にあるの? 私、バルーン大嫌い!」
いくら英語が母国語のようなもの、とはいえ、風船をバルーンといわれるとかなり萎える。
「バルーンは急にパンクするからNo! get away form me!」
おれの萎える言葉を連発する。
急いで部屋を出て行こうとするリョウコ先輩の目の前に風船を投げ飛ばし、威嚇する。
「そんなにお嫌いとは、承知しておらず、大変失礼いたしました・・・。」
というと、ベッドの風船がひとつ自然に割れる。「ボン!」大きな音が部屋に反響し、先輩は両手で耳をふさいで絨毯の上にしゃがみ込む。
「No! Stop it!」
「先輩、これらは、美しいヤマトコトバで、風船と言います。」
おれはそう言い、
「マダム、こういうのはいかがでしょう?お立ちいただけますか?」
俺はコンビニで買った弁当の箸についていた爪楊枝を手に取ると、先輩の口に反対向けにくわえさせる。
「what・・・?」
固まっているリョウコ先輩の口に向かい、風船を思い切り投げつける。「ボン!」とゴムが面前で弾け る。白のブラウスに破片がつく。リョウコ先輩を持ち上げると、風船のパイルの上に持っていき、さっと手を・・・
「ah・・・well well、まだドラフトのドラフト、ってとこね!何とか間に合いそうだけど、これは明日かなり頑張らないといけな いわね?」
風船など視野に入らぬようで、左手の指をこめかみに当て、右の人差し指で机をトントン叩き、ディスプレイ上の文章をスクロールしながら内容をチェックしている上司の姿に我に返る。
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「その女上司は・・・」
怜子の嫉妬心にほんのちょこっと火をつけて、からかう。
俺の腿を つねる力が増す。
「いたた、割れちゃうよぉ!・・・というか。本当に痕ついてるぞ!・・・大丈夫、俺なんか相手にしてなんかもらえないから。せいぜいメシおごってもらうぐらいで。で も、俺もそのうち海外勤務、っ てのもあるかもしれないな。」
「・・・もしそうなったら、私の目が届かなくな るわね。私もついていこうかしら?」
「俺達・・・、そういうことになるのか な?」
「・・・どうでしょうね、私はもう少し今の仕事を続けたいけど・・・。そういうきっかけって、思いもよらない時に急 にくるものなのでしょうね。」
「・・・まだ養っていけるほど収入はないし。」
「無駄な出費を減らして行くしかないわね。風船代とか。」
「そういう考えもあるね。でも、それはないね。」
「仕事で飲みにいくのはいいけど、お店の女の子とも風船の話ばかりしているんじゃないの?あまりしつこいと嫌われるわよ?」
「うーん、恐い、とか、嫌い、痛そ う、というなら話の続けようもあるけど、別になーんとも思わない、なんて言われると、話の継ぎようがないからなぁ。もう学校で運動会なんかしないのかなぁ。」
「酔っ払って、風船使って、またなんかやるんでしょ?ふんとにもう、あなたはDSMPね」
「なにそれ?」
「どS、マキシマムポッパーってこと。」
「その称号は、マキシマムをマルチプルに変え、貴姉にそのままお譲りします。」
「私をからかうのもいい加減にしてよ!今度浮気したら、あなたの大切な風船、ぜーんぶ重ねとい て、千枚通しで真ん中を突き刺しちゃうわよ?二度と膨らまないようにね?」
部屋のどこに隠してあるのか見当もついているようだ。合鍵を渡したのは失敗だったかな。
「毎日じゃなくってもいいから、メール頂戴ね。」
「アイ、アイサー!」と、おどけて最敬礼をする。コイツは俺の両親の知らないことも知っているからな。
「・・・ちょっと、シャワー借りていい?」
「あー」
「いつも借りているじゃない?」
怜子はバスルームに入っていく。別に変わりはない。やがて水の音が止まり、バスローブ姿で出て くると、
「まだ隠していたのね・・・しょうがないわね!」
俺がバスルームに置いておいた、ヘリウム風船を手にしている。バスローブに風船、というとりあわせにドキリとする。
「あーうー、別に隠していたわけでは、ございません。」
「じゃ あ、私がシャワーを使わなかったら、どうするつもりだったの?」
「あーうー、・・・見つかってしまいましたので、あの時と同じ事が始まるのではと・・・?」
「もう!割るのはなしよ。この子たち、今日は特別に私のマンションにつれて帰るんだから。あなたの出張中、私の部屋で預かっておいてあげる。 」
「ご無事で・・・いていただけるといいけどね・・・。」俺は風船を見て手を合わせる。
怜子は俺の隣に横たわる。バスローブからはだけている、蝋のような白い太腿の奥深くまで、細く青い血管が透けて見える。
「・・・お願い。・・・でも、ちゃん と割ってね?」
「え?・・・」
「もう・・・。私を!・・・粉々にし て、なんて私の口から言わせないで・・・。」
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急いで衣服を整えると、怜子は
「電車もなくなりそうだし・・・、今日は忙しい時にごめんね。じゃあ、私、帰るね。」
「駅まで 送っていくよ。」
「いい、 大丈夫。」
「暫く会えないから。」
「そうね、ありがとう。」
怜子は風船を手にし、マンションを出る。
歩いていると、急に怜子は強く俺のズボンのポケットを叩く。驚いて思わず手を出す。
「何だよ?」
「ごめんなさい。でも、あなた、ポケットに両手を突っ込んで背中を丸めて歩く、その癖は良くないと思うわ。仕事の部署は営業なんでしょ?」
「でもポケットから出すと寒いし・・・」
怜子は俺の手を取ると、
「手をつないで歩こう?」いつもの癖で、視線を下に向けて歩いていると、俺は
「あれ・・・?」道に落ちているものを目で追う。
「あれはただの木の葉よ。風船の割れた破片に見えたんでしょう?末期症状ね。」
「風船の破片を見つけると、どうして割れたんだろう、だれが割ったんだろう、と、つい思ってしまうね。女の子 が持ってたのが割れちゃったのか、悪ガキが割ったのか・・・。末期症状っていうけど、まだ、治る見込みはあるかも知れないよ。」
「・・・別にいいんじゃない?人様の迷惑にもならないのだし。」
「そうだね。」
「・・・私、今は風船に特別の思い出も思い入れないし、割れて可哀想とも思 わない。 でも・・・割って気持ちいいって思う瞬間、ちょっとはあるかも知れない・・・。さっきはありがとう。嬉しかった。」
俺に寄り添って言う。
怜子が手に持っている風船の数が、バスルームにあった時より少ないようだし、髪に何かついているのが見えるが、 まあ、いいことにしておこう。
俺たちは仲良く手をつなぎ、駅まで歩いて行く。