「ねえ、どうしてストローなんて使ってるの?」

突然話しかけてきた女にオレは戸惑いを隠せなかった。

「えっ?ああこれ、ちょっと口の中が荒れていてしみるのさ」

オレは缶コーヒーに刺したストローから口を離して答えた、なんとも苦しい答えだ。

「フ―ンそうなんだ、あなた何してる人?」

俺はとっさにコートの中からカメラを取り出して

「ちょっと、今度描く画の素材採集でね、この街並を撮ってるんだ」
「フ―ン、絵描さんなのね・・・・・・私、モデルになってあげようか?」

いきなり俺の腕にまとわり付き、彼女はニッコリと微笑んだ。"上手くごまかせたのかな?"内心疑問に思いつつ俺はつい口に出して言ってしまった。

「まいったなぁ…」

彼女にとっては初対面のオレだったが、オレは彼女を知っていた。
彼女は今回の仕事の調査対象だったから。

事の始まりは二週間前、ある一件の電話だった。俺の仕事は探偵、
探偵なんて言うと聞こえはいいが実際の仕事内容はというと、家出人の捜索、浮気調査、果ては居なくなったペットの捜索まで…・
ようするに"何でも屋"みたいな物だ、子供の頃TVで見たベスパに乗った探偵に憧れてこの仕事を始めたオレだったが実際の仕事は単調で、味気なく、時には後味の悪い仕事ばかりだった。
オレは電話で指示された場所に車で向っていた、
今回の依頼主は山の手に住むとある豪邸の主だった。やがて屋敷につくと執事らしき人物が(執事と言うより、ボディガードか?体つきは華奢だが"寄ると斬られる"ような鋭さを持った奴だ)鋭い視線でオレと車を分析する。確かにオレはヨレヨレの格好をしているし、車だって大昔の国産のクーペだ、とてもこの豪邸の立ち並ぶ所にはふさわしくない。
オレは名刺を差し出し

「今日こちらへ来るよう言われました、川崎というものですが」
「工藤さんではないのですか、工藤探偵事務所の?」
「イヤ、工藤ってのは事務所の名前でして、私、川崎がやっております」

とオレ、オレ達の世代は探偵と言えばまず"工藤"って名前は外せない。

「失礼致しました、こちらへどうぞ」

執事は相変わらずの目でオレを見ながら屋敷の中へオレを通した。
奥の応接間に通され、しばらくすると主人らしき人物がオレの目の前に現れた。
歳にして60くらい、白髪混じりの会社オーナー、そんな感じだった。
実はここに来る前に今回の依頼人であるこの成田栄一に付いて調べてみたんだがこの名前以外、ここに何時から住んでいて、一体何を生業にしてるかなんてさっぱり分からなかった。

「どうもどうもお待たせしまして、わざわざお越し頂きまして」

まあいいや、今回の依頼人、金は持ってそうだ。

「お待ちしておりましたよ工藤さん。」
「いえ、私、川崎と申しまして、工藤と言うのは・・・・・・」 
「そうですか、ではあなた川崎さんが今回の私の依頼を受けてくださるのですな。」 
「ええ、あまりややこしくない仕事、と言う条件はつきますが。
 それと今回何故私どものような小さな所にあなたのような方が仕事を…」

全部言い終わらない内に依頼人は口を開いた。

「実は誠にお恥ずかしい話なんですが・・・・」

"ビンゴ、また今回も浮気調査かい、で、誰を調べるんだい?
 この屋敷には女の匂いがしないが・・・まあ、愛人かなんかだろう"
こう言った輩は身内の恥を(と言っても誰でもそうか)あまり多くの他人に知られるような事はしない、オレの事務所なんてオレしか居ないんだから他の人間に知られることはない。
依頼人は執事に目配せをすると写真を数枚オレの目の前に持ってこさせた。
"かなりの美人だな、歳は二十歳くらいか?"

「では彼女の素行調査を?」 
「素行と申しますか、イヤね、最近この会美がちょっとあまり私の言う事を聞かなくなりまして。
 ちょっと普段の暮らしぶりを調べて頂きたいと・・・」 
「分かりました、調査料金に関しては先日電話で説明致しましたとおり、
 経費、人件費、夜間手当て・・・・・が必要になりますが・・・・・・」

話は終わった。

「では」 とにやりと微笑む依頼人、何故"ニヤリ"なのだ?何故だかザラッとしたものを感じながら俺は屋敷を後にした。
信号待ちで、渡されたターゲットの写真に目をやる、見れば見るほど魅力的な女性だった、
とても美人であるがその写真の彼女はまるで人形のように死んだ目をしている、いや、ひどく寂しそうな雰囲気を持っているだけなのか?"こんな女、囲いやがって、あのオヤジ"、まあ、所詮は他人の女、ましてや探偵が調査対象に惚れちまうなんて、マンガの中の出来事にしか過ぎない、そんなことしてたらこんな仕事は続けられない。
ここ何年も女を抱いた事もなかったオレ、もちろんホモセクシャルではない、
まあベッドの上で女が誘ってもその気になることがない損な癖(?)が有ったから、ここ何年も女を抱いた事はなかった。
"しかし、彼女・・・・"この感覚とさっきの"ザラッと"した感覚から考えれば、今回の依頼は引き受けるべきではなかったかもしれない・・・・・

"またいる、あの男"私は通りの向こうにいる男に気付いた、ここ数日、10日ほど前からだろうか、私を監視している男だ。確かに今回の男は用心深く、姿を変える手管は巧妙だった、普通の人なら全く気付く事はなかっただろう。私には不思議な能力(能力とは言いたくないけど)が有った、物心付いたときから自分に興味を向けてくる他人の心が読み取れるようになったのだ、理由はもちろんわからないし、何もかも分かると言うわけではなかった。でも私はそのおかげでいつも一人ぼっちだった、
接している人の考えが分かるのだ、これはどんな事よりも辛い事だった。
次第に両親にも気味悪がられ、最終的には捨てられた。
何故だかわからないが、自分の感情を押し殺すと他人の心は鮮明に読めなくなった、
こうして私は感情を表に出さなくなってしまった。"この男はまた新しい相手ね?"
そう思って、確かめようと私は男に近づいた。

「ねえ、どうしてストローなんて使ってるの?」

可愛く微笑んでみる、あえて私は確認のために例の能力のスイッチを入れた。やはりそうだったこの男もあの人に選ばれた可哀想な男だった。しかも少なからず私にただの監視対象に対する興味以外の感情を持っている、
また、いつもより波長が合っているみたいだった。"こんなに波長が合うなんて…"
何故か彼の事をもっと知りたいと思った。
彼の腕に自分から腕組し、

「行こう!!」と言った。

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