彼女の名前は大森会美、6歳の時に両親は離婚、母方の祖母が引き取るが、間もなく施設に預けられる、祖母はその半年後死亡父親と母親は行方不明。
もちろんちゃんと調べれば見付ける事は出来るだろう、でもそれは今回の仕事に関係無い事だ。現在彼女は21歳、2年前に隣町の風俗店に勤め出したが店を転々として、去年この街にやって来た。何かのきっかけで依頼人と出会い、恋人(依頼人はそう言っていたが・・・)として今のマンションに住む事になった。
その調査対象の彼女とオレはこうしてバーで一緒に飲んでいる、最悪だ。
今回の依頼人から出された報酬は破格の条件で、素行調査にしてはオイシイ仕事であった。
たまってる飲屋のツケも綺麗にして、しばらくは借金取りに追い回されないで済むほどの金が入ってくる予定だった。しかも調査経費についても前金でたっぷりと頂いている。
"しまったなぁ、今日までの分より使っちまってるなぁ・・・・"まあ、今更四の五の言っても仕方が無い、どうにかなるさ、今夜はそれなりに楽しませてもらおう。
俺はエズラのロックをダブルで頼んだ

「置いてるかい?」 

バーテンダーは

「エズラですか?有ったかなぁ?しばらくお待ち下さい
 ・・・・・ございました、スタンダードで宜しいのですね?」

とその店では誰もオーダーする事の
無い安酒を俺の前に置いた。

彼はエズラブルックスと言う名前のロックを頼んだ、安いお酒らしい、バーテンダーが "安酒飲みのアル中が格好つけんじゃねェ"とでも言いたそうな顔をしながら彼にその酒を差し出した。もちろん"言いたそうな"ではなく実際に心の中ではそう思っていた。
"きっとあの人からいっぱいお金もらってるはずなのに・・・"なんだかおかしくなって私は彼に

「その安いお酒、おいしいの?」

と聞いてしまった。

「安い酒ってよく知ってるね、お酒、詳しいの?」
「で、オレが飲むような酒は、その"逆"の方だと?ちょっと一口飲んでみるかい?」

私は彼のグラスにちょっと口を付けてみた

「!?!?」
「ははっ!美味くないかい?まあ女の子の飲む酒ではないな」 
「バーボンね?私、バーボンはダメなの、ごめんなさい、ブラッディマリーをちょうだい」
「へぇ、変わった物たのむね」
「ええ、この赤い色が好きなの、血の色みたいで・・・・・・ウソウソ、飲みやすいでしょ?
 トマトジュースも好きだし」 
「赤い色が好き…かぁ」

彼も"赤い色"が好きなようだった、彼の心に何か赤い丸みを帯びた形のイメージが広がる"何、夕日???"
私は自分では美人だとは思わないし、そう誉められても嬉しくは無い、でも私の容姿は男を誘ってしまうようだった、出会った男は全て私の体を征服する欲求に駆られる、
もちろん前の監視役もそうだった。でもこの目の前の彼は何か違っている、
何故かは分からないが私に対して好意は持ってくれている様だったけど、
その先の興味、つまり性欲と言う物が感じられなかったのだ。私は彼の事をもっと知りたいと思った、知ることはやがて自分を苦しめるだけなのに。
相手がどんなに酷い男でも知ってしまうと情は生まれてしまう・・・・・・

かなり酔いが回っているようだった、俺は目の前のこの女に安らぎのようなものを感じている、どれくらいぶりだろうか、オレは目の前のこの一回りも年下の彼女に "甘えてみたい"と思っていた。何か分からないが、
オレの心に優しく触れてくれている、
とでも表現したらいいのだろうか?何故かとても心地よかった。

奇妙な感じ"この人私が心を覗いているのが分かっている?しかもそれを心地よく感じている?"もちろんはっきりと彼が認識できている訳ではなさそうだったけど、彼は心で私を感じていた。その時だった、彼の心の奥の方に何かが見えた
"女の人…ああ、恋人ね、デートしてるの?バイク、何これ?部屋中いっぱいの…風船?、白黒の写真、ああ彼女亡くなったんだ、酒、酒、このエズラってお酒・・・"
心の中が覗けるって言ってもそれは数々のイメージが断片的に見えるだけだった、そこから私が組み立てる・・・・
彼女事故かなんかで死んじゃったんだね、それで彼はずっと毎日このお酒を飲んでる・・・
でもなんで風船なんだろう?誕生日とか、そう言った感じではなかったのに・・・・
風船かぁ・・・・・この人風船が好きなの?・・・・・思わず笑ってしまいそうだった。

"ホント、気持ちいい・・・こんなに気持ちよく酒が飲めるなんて、久しぶりだぁ・・・・・"
ずっとこのままで居たかった。
彼女が突然、

「また会ってくれる?」

と尋ねてきた、そのとたんに現実へ引き戻される、

「そうだね」

とオレは答えたが、明日オレは依頼人に連絡を取ってこの仕事は終わりになる、もう会う事はない、そう思うと切なくなった"調査対象に惚れるなんてまるでマンガだ"そう言っていたオレがである。

「もう行かなきゃならない」

オレはそう言うと勘定を払い彼女を残して店を出た。"惚れちまったか?"なんて一人で照れながらオレは飲みなおす店を探して街を歩いた。

"もう会えないと思っているのね"私は思った、"そう、会えない方がいい、会えない方が・・・・・・・"でも彼はあの人から逃れる事は出来ないだろう、可哀想だけど・・・・・
また彼は私の前に現れる。
私は彼に好意を持ってしまった・・・・あの人の思う壺・・・・でもまた彼と会うのなら、私は彼に対して私の精一杯の愛情を注いであげようと思った、それは悲しい事・・・
でも彼が味わう最後の愛情は私が与えたいと思った。気が付くと涙が流れていた、
親に捨てられた時も、そしてあの人にどんな仕打ちをされても流れる事は無かった涙が・・・・声は出さずに泣いた。

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