電車の走る音で目が覚めた、オレの事務所は高架のガード下に有る。
いつどうやってここに戻ってきたかは覚えていない、まだ昨日の酒が残っていた。
鏡を見ると瞼が思いっきり腫れている、"なんだ?泣いてたの、オレ"どんな夢を見たのか、または夢自体見たのかなんて覚えてはいない、夢なんか見ないで済むようにオレは毎晩酒を飲むのだ。 だけど、今朝はいつもより酷い二日酔いだった、しかもこれから依頼人の所へ出向いて仕事を断りに行かなきゃならない・・・・最悪の朝だ、まったく。 
「あぁ、もう会えないのか・・・・・」独り言が出た、なんだ"せっかくの仕事なのに"
ではなくて、"会えないのか"だと?オレはおかしくなって声を出して笑った、
笑うと少しは気分が良くなり依頼人に連絡して駐車場に向った。

"一晩中泣いたら、ちょっとは楽になったかな?"私はベッドから起き上がり、ショーツのままの姿でバスルームに向った。
一番小さなバスルーム、私の住んでいるこの部屋にはバスルームが三つある、ホテルで言ったらまるでスイートだ。 
今まではなんとも思わなかったのだけれども、今朝はあまりにも広いこの部屋に一人で居るのがとても寂しかった。 私はショーツをダストボックスに投げ入れると熱いシャワーを浴びた・・・・もともとそうだったのだけど私はここ1年でますます物に執着しなくなった、与えられた部屋に済み、与えられた服を着て、与えられた・・・・・
生きている証明、私がここに居た痕跡となるであろう様々な"物"、そんなものはどうでも良かった、私は人形のようなものだから・・・・・でも今日は人の為に着飾って、人の為に買い物をしようと思う、こんな事は初めてかな?そう、初めてだった。
私はクローゼットから服を選び街へ出た。
多分私はすぐに彼とまた出会うだろう、それはおそらく今日だと思う、与えられた出会いをし、与えられたSEXをし、そして奪われる・・・・・いつも通りに。
でも今回はいつもとは違う、私が彼を愛そうと決めた事だった。
そして私は街外れの小さな店に入った。

「今日はどうなされましたか?一体」

依頼人はオレに尋ねた。

「実はですね、張り込み中にちょっとミスをしまして、お恥ずかしいことに私が彼女、
 会美さんをマークしている事に気付かれました。」 
「ほう、で、会美はあなたが探偵だと?」 
「おそらく気付かれたのではないかと思います、従いまして昨日付けで今回の依頼については・・・・」 
「いやいや、そうでしたか、
 実は会美はとても勘の鋭い娘でして、あなたには落ち度はなかったのでしょう、
 そこでこうなってしまってついでと申しますか、変な話なのですが会美としばらく一緒に居てやって
 貰えませんか、監視の代わりという事で」

オレは狐につままれたような気分だった。

「実はあなたに今回の仕事を依頼したのには理由がありまして、
 本当の事を言いますと私はあなたの事を調査しておりました」

"オレを調べただ?"顔に怒りが現れていたのだろう、それを見て依頼人は続けた、

「お怒りになるのはごもっともです、でも考えて見て下さい、
 私も大切な恋人の調査を依頼する以上、特に会美は男好きする容姿ですから、
 できるだけ真面目な方に依頼したかった、
 あなたは5年前に恋人を事故で亡くされてから、色恋沙汰には一切うつつをぬかさない
 非常にストイックな人間になられた、まあ、もちろんお酒は別としてですがね」

なんてこった全部知ってやがるオレがこの街に来る前の事まで。オレは心の中で毒づいた。

「実は私は会美を抱いてやる事ができないのです・・・・」
「はぁ??」

オレはこの依頼人の言葉に非常に間抜けな面で答えた。依頼人は続けた

「もちろん性欲というものは有るのですよ、しかしちょっとした障害で、私は女性を
 愛せない体になってしまいまして、
 しかし会美はまだ若い、心配で心配で仕方ないのですよ、変な男に引っかからないかと。」 
「で、私に何をしろと?」

オレは呆れながら、しかし何かを期待しながら尋ねた。

「単刀直入に言いましょう、会美の話し相手、遊び相手としてあなたを雇いたいのですよ
、もちろんその成り行きであなたが会美を抱いたとしてもかまいません」 
「ちょっと待ってください」

オレは話をさえぎった、しかし心の中では"彼女にまた会える"という喜びでいっぱいだった。 
それを見透かしたかのように

「あなたも会美のような娘、嫌いではないでしょう?」 
「しかし、オレは・・・」
「あなたの好きになさって下さい、では私はこれから出掛けないといけませんので
 失礼します。」

彼は執事に目で合図すると例の"にやり"とした笑みを残して応接間から退室した。 
執事に見送られ、オレは屋敷をあとにした。

「わあ、きれい!」

思わず口に出していた。 彼と出会ってからというものの、私は感情を素直に表に出すようになっていた。
場所は小さなBalloon Shop、色とりどりの風船が店内せましとディスプレイされている。 
そう、私はまた会うであろう彼のために風船を買いに来たのだ、
彼と風船に何の関係が有るのか分からないけど、"彼に風船をあげよう"という考えが朝から頭を離れない。自分でもおかしく思うのだけれども。

「パーティかなにかにお使いですか?」

店員の女の子が親しげに尋ねてくる、

「いえ、プレゼントするの」 
「ではブーケか何かお作りしましょうか?こんな感じのものが出来ますが・・・」

彼女はパンフレットを取り出して説明をはじめてくれた、

「いえ、膨らませてないのがいいかな?」 
「えっ?膨らませていないものというと、じゃあ、ヘリウムとかは?」 
「いえ」と私、

「私が膨らませてあげるの。」

なんとも不思議な顔をした後、また笑顔に戻り、

「それではこちらからお選び下さい、どんな色で、どれくらいのサイズですか?」 
「うーん、赤っぽい色で・・・・大きさは、ちょうど私の体が隠れるくらい」

もう店員は驚かなかった、

「ではこれくらいになりますね、大きさは16"です」
「どのくらいの大きさなの?」 
「ではちょっと膨らませましょうか?」
「お願い」

店員の女の子は電気式の空気入れの先に風船を取り付けて膨らませた、
"フイ―ン"大きくふくらんだ、風船は綺麗な水滴形になり透き通って見える、

「じゃあ、この色と・・・・この色♪」
「ルビーレッドとガーネットワインですね、では数はどうしましょう?」 
「うーん、30個ずつちょうだい」

数には特に意味はなかった、でもおかしかったな、

「私が膨らませてあげるの」

どうして?どうしてなのか分からないけど、目の前で膨らませてあげれば彼が喜んでくれるような気がしていたから・・・・・なんでそう思うの?
でもきっと当っている・・・・。

「有り難うございました、またのお越しをお待ちしています」

店員はにっこり微笑んで私を送り出した。
"そう、今度は彼と一緒に来れたらイイな・・・・"

オレは自分でもこの胸の高鳴りの理由を理解できなかった、恋人をオレのミスで失ってから全く女に手を出さなくなったオレが、今まるで中学生のように心を弾ませて、彼女の元に向っている、ひょっとしたら鼻歌くらい歌ってた(?)かもしれない。彼女のマンションの近くの駐車場に車を停める、"でも居るだろうか?どっか出掛けてるんじゃないだろうか?"一刻も早く彼女に会いたかった。
居た、目の前に、まるで俺を待ってくれていたかのように・・・・。 
オレは彼女に

「メシでも食いに行かない?」と誘った
「どこに連れてってくれるの?」 
「うーん、タコスでもどう?辛いの大丈夫?」 
「うんうん、大丈夫♪」

そう言えば、オレが彼女に抱いた"寂しそうな・・・"イメージってのはどこに行ったんだろう、

そこには本当に明るい素敵な21歳の女性が立っていた。

 

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