「とりあえず、オレの生まれた街へ行く。」
「えっ?あなたの故郷?」
「そう、あと500キロは西にある小さな街だ。」
「で、どうするの?そこで暮らすの?」

私はちょっと嬉しくなってはしゃいでいた。

「うーん、暮らすかどうかなんて決めちゃいないけど、君を連れて行きたい所があるんだ。」

"彼女の所ね…"

「ねえ、聞かせてよ、あなたの恋人の話。」
「そうだね、君には知っておいてもらいたいしね…。」

彼は語り出した。

「彼女はオレが探偵をやりだして、まだ駆け出しの頃の調査対象だったんだ、そう、君と
同じさ。彼女の恋人だって奴から依頼を受けてね、"遠距離恋愛をしているんだけど、
彼女が最近ちょっとおかしいので、浮気していないか調べてくれ"って言うんだ、その頃の
オレはわざわざ依頼人の事なんかろくに調べなかったんだよ、奴は同じ街に住んでいた、
そう、オレは奴の彼女へのストーキングに加担したのさ。」
「で、どうなったの?」
「どうやら彼女に全く相手にされない奴は、オレのことを"殺し屋"だとか何とか言って
彼女を脅したのさ、で、ようするに彼女はオレに監視されている事を最初から知ってて
揚げ句の果てに、まあ怖かったんだろうなぁ、ついに警察呼んで、オレは取り調べうけて、
やっとこさ自分がストーカーに雇われてた事に気がついたんだ、そしてその日からオレは
彼女を守る側に回った。その頃は警察もストーキングに対して有効な動きを取れなかった
からね。」
「そして、恋に落ちた?」
「そう、全くその通り、オレって惚れ易いのかなんなのか、気がついた時にはどっぷりと首
まで漬かってた。」

彼はちょっと照れながら水を飲んだ。

「で、その男はどうなったの?」

私にはこの後の様子が見えていた、けど彼から直接聞かないといけないと思っていた。

「全くストーキングをやめなかったよ、実際オレも実力で排除しようかとか色々考えたけど
もしそれでオレが傷害で引っ張られると、その間彼女は無防備になる、それで力で解決す
る事はできなかった。だからオレは奴の方から彼女に手を出させるように仕組んだのさ、
結果、事は上手く運んでね、まあ、事前に警察にも色々相談に乗ってもらってたから、
いざと言う時は早かったよ、すぐに傷害でぶち込まれた。とりあえず一件落着だった。」
「それから?」
「まあ、一件落着って言っても、奴には前は無かったし、そんなに長い間、務所に入って
いるわけじゃなかったんだが、予想より早く出てきてた…。」

彼は水を飲み干すと

「続きは後だ。」と言って席を立った。

車に戻ってひといきついてから彼は話の続きを始めた。

「彼女とオレは結婚を控えていた、奴が引っ張られる前に婚約していたんだ、
奴がいなくなってからと言うもの、オレは有頂天だった、まあ、仕事の方は
さっぱりだったけどね、"オレはこいつとやって行くんだ"って気力十分でね。」

彼は淡々と苦笑いしながら話していたが、心はキリキリと締めつけられていた。

「で、その日オレは彼女をバイクの後ろに乗せて二人で暮らしていくアパートを
見に行っていたんだ、まさか奴がシャバに戻ってきてるなんて思いもしないでね。」
「それで…?」
「奴はオレ達のバイクにトラックで突っ込んできた、全く避けられなかったんだ、
で気が付けばオレは病院のベッドの上、もう彼女の顔も声も全てが無くなって
しまった後だったんだ、即死だったらしい。」
「その男は?」
「オレ達をはねた後どこにも逃げずにそこにずっと立っていたらしい、笑いながらね。」
「ひどい…。」
「それで、裁判でも"犯行時の責任能力は問えない"って事になって奴は施設行き、
オレは流れ流れてあの街にたどり着いて飲んだくれの暮らしをしてたのさ。」
「そうだったのね…かわいそう…。」
「かわいそうなのは彼女さ。」

そう言ったきり、彼は黙ってしまった。

「ねえ、私の名前…」

先程からの沈黙に終止符を打つように彼女が口を開いた。

「エミって名前の由来…分かる?」
「いや…教えてくれよ。」
「私がまだ小さい時にお母さんに教えてもらったんだけど…。」

"お母さん"

彼女の顔がパっと明るくなる

"そうか、彼女は両親のことをまだ愛している…"

「私がお母さんのお腹にいるときにお父さんと2人で、
"生まれてくるこの子の経験する出会いが全て素敵なものであります様に"って
付けてくれたんだって…。」
「で、素敵な出会いってのはあったのかい?」

オレは分かり切った事を、しかしほんのちょっと期待(?)しながら聞いてみた。

「うーん、まあ、結果オーライってところかな…あなたとこうしていられるし…。」

彼女はオレの肩にあたまを寄せた。

"どう考えてもオレ達の出会いは素敵とは言えないな"

「落ち着いたら、君のお父さんとお母さんを探そう。」

彼女は突然の提案に驚いていたが、

「うん、会いたい…。」

としばらくしてから、はにかみながら答えた。

その後、彼の故郷の200キロ手前で夕食を取り、また西へと向った。

目が覚めた時、彼はとなりでまだ寝息を立てていた。

"ここはどこなんだろう?"

車の外へ出る、"寒い!"冬の朝の冷え込み…どうやらここは港のようだった、
しばらく散歩してみる…向こうの方では釣り人が2人、じっと丸くなって座っている。
私は何か暖かい物が飲みたくなりサイフを取りに車に戻った。
車の横に彼が立っていた、

「ゴメンね、目が覚めちゃったもんだから、起こしちゃったね。」

彼は私に歩みより、私を抱きしめる。目が覚めた時に私がとなりにいないので、ちょっとあせってしまったようだ、

「バカね、どこにも行かないったら。」
「そうだね、ちょっと寝ぼけちまったかな。」
「何か暖かいものが欲しい…。」
「じゃあ、缶コーヒーでも買おう。」
「自販機、どこかにあるかな?」
「そのコンテナの裏に有った筈…。」
「そう、ここがあなたの」
「そう、生まれた町。」

私はだんだん明るくなってきた辺りを見まわした、

"ここが海で、すぐ後ろは山なのね"

「小さな街さ。」と彼は言った。

喫茶店で朝食をとり、私達は商店街の花屋が開くのを待った。

「そこの花屋の斜向いがオレの住んでた家があったところ」

彼はショッピングビルを指して言った。

「大きな家だったの」
「いや、間口が1間しかないような、うなぎの寝床さ、
親父が死んで、お袋もその1年後に死んで処分しちまったけどね。」

花屋で彼女が好きだったという花を買い、彼女のお墓に向った。
お墓はキレイに手入れされている。

「オヤジさんだな。」彼はポツリと言った。
「彼女のお父さん?」
「そう、オレにとっても優しくてね…彼女が死んでも、オレを一切責めなかった、
それでちょっと会い辛くて、この街を出てから連絡もしていない。」

花を供え、線香に火を点ける、私も線香を供えさせてもらった。
彼は彼女のお墓に向ってつぶやく

「すまない…オレももう一度歩き出すよ…。」

彼は心の中で泣いているようだった、おだやかに…。

「さあ、行こう!」彼は立ち上がった。

車に戻る間、彼はずっと無口だったが、明らかにここに来る前と今では彼の心は変わっていた、影が消えたのだ。
駐車場に戻り、車に乗り込もうとするとき、後ろから声がした。

「カワサキさん。」

振り返るとそこには佐藤が立っていた。

続く