"プー・プー"

聞きなれない電子音でオレは目覚めた、

"夢でも見てたのか?でもオレの所の目覚しはこんな音じゃなかった…"

オレはベッドの上にいた、横には背を向けた真っ白な服を着た女…

"看護婦?ってことはここは病院!?"

体を起こそうとしたが動かない、

"やっぱり全て現実だったのか…だとしたらオレはなんで生きているんだ?"

「か、看護婦さん。」
「はい!?ああ、よかった!気が付かれましたね!すぐに先生を呼びますからね!」

そう言うと看護婦はインターホンを押して

「150号室の患者さんが目を覚まされました、
至急佐々木先生にいらっしゃるように伝えてください。」

しばらくすると眼鏡をかけた大柄な医師がやって来た。

「ああ、よかったよかった、無事御生還ってところですな、
一時はほんと危なかったんですよ、出血も多かったし、でももう大丈夫、
折れた骨もちゃんとくっ付けましたし、後は日にち薬ですな。」

医者は続けた。

「しかしあれだけの事故を起こされて、運が良かったんでしょうな、あなたは。」

"事故!?これが事故だって言うのか!?"

オレは起き上がって否定したかったがやっぱり体は動かなかった。

「実は警察の方に言われているのですが、あなたの意識が戻ったら
事情を聞きたいとのことで…で、どうですか?答えられますか?
私共も同乗されていた女性の事も聞かないと…。」
「なんだって!!先生!!会美がいるんですか!?会美は無事なんですか!?」
「会美さんと言うのですか、彼女は、ええ、ご安心下さい、彼女はかすり傷一つ負っていま
せんでしたよ、全く奇跡と呼ぶしかありませんなぁ。」

オレはいったい何がどうなっているのか全くわからなかった。

「ただ…」
「ただ、なんなんですか!?先生」
「いえいえ、会美さんなのですが、彼女は以前からあんな状態だったのでしょうか?」
「えっ?ああ言う状態って?」
「彼女、会美さんなんですけども、血圧、脳波、心音…全て正常、全くの健康体
なのですが私共が何を話しかけようが全く反応しない、食事をとる事もしない、
歩きもしない、失礼ですが彼女、精神科か何かの通院歴は御座いませんでしたか?
ずっとあんな調子だったとは考えられないんですよ、
あれだけの体形、筋肉を維持しているなんて…。」

?????全く何の事だかわからない、どう答えようかと悩んでいるオレの顔を見て医師
は続けた、

「私も精神科の知識は多少持っておりますが、意思が無いと申しますか、心が無いと
言いますか…まったくもって、人形のような…いやいや失礼しました、私共からの
質問はまた落ち着かれてからで結構です、しかし警察の方は…よろしいですかね?」

オレは黙ってうなずいた。

警察の事情聴取も、オレが運転してて同乗者の会美にケガが全く無かった事から、簡単な物となった。
目の前の警官がオレにとって全く覚えの無い事を調書に書きこんでいる…オレの頭の中は医師の言った言葉を反芻していた。
"意思が無い?心が無い?人形?いったいどうしたって言うんだ?成田はどうなった?そしてオレはなぜ生きている????"

"コンコン"

ドアをノックする音、看護婦かなんかだろう、

「どうぞ」とオレは言った。

"ガチャ"

ドアが開いて入ってきたのは看護婦などではなく、なんと佐藤だった。

「気が付かれたようで…。」
「貴様ぁ!!いったいこれはどう言う事だ!!お前らいったい会美になにをしやがった!!??」

オレは佐藤に殴りかからんばかりの勢いだったが、体中のギブスがそれを阻んだ。

「まあまあ、そう興奮なさらないで、ちょっとは落ち着かれてはどうですか…。」
「何ィ!!落ち着けだぁ!?…」

オレの言葉を佐藤がさえぎる、

「もうあなた達は自由なんですよ。」

"えっ!?いったいどう言う事なんだ?"

オレは一呼吸置いて佐藤に尋ねた。

「じゃあなんでオレは生きてるんだ?会美はどうなったんだ?
それに成田は?奴が会美を手放すなんて考えられない。」
「彼はもうあなた達の事など気にとめる事はありません、
あなた達も彼の事など覚えている必要は無いのですよ。」
「どういう事だ?奴は死んだのか?」
「いえいえ、もちろん生きてますよ、ただ、もう廃人のようになってね。」

ここまで聞いて、オレは橋本の言ったことを思い出した。

「どっかの国の主席みたいにか?」
「おやおや、あなたのお友達も困ったものだ、そんな機密事項まで話していたとはね、
確か橋本さんでしたか?」

オレは言っておきながら、橋本の身を案じた、、顔に出ていたのか、佐藤は続ける。

「大丈夫ですよ、彼は無事です、彼は言ってみれば私の仕事での命の恩人と言いますか、
彼の情報が正確だったおかげで私は何度も無事に仕事をこなす事ができたのですから。」

"全く何一つ橋本には手は出していないんだろうな?"

オレは心の中で佐藤に問い掛けた。

「ただ、ちょっと記憶を触らせて頂きましたがね。」

佐藤はニヤリと微笑んだ。

"やっぱり、こいつもオレの心を読んでいる…"

喋る必要は無かったが、オレは聞いてみたかった。

「会美、彼女の心もおまえが無くしたのか?」
「いいえ、彼女の心はちゃんとありますよ、彼女の身体の中に。」
「あるって言っても…いったいどうなっているんだ?」
「いえね、成田の場合は心のかなりの部分を完全に潰してしまいました、記憶と共にね、
潰した物はもう再生できません、でも彼女の場合はあまりにも苦しみ過ぎでした、
あのまま放っておいては心の回路がおかしくなってしまう所まで着ていました、だから
心に繋がる回路とでも言いましょうか、それを遮断しました。」
「じゃあ、彼女は心を取り戻す事ができるんだな?」

オレは念を押した。

「もちろん、取り戻すも何も、彼女の心は彼女の中にあるのですから。」
「では、どうして彼女を助けたんだ、助けたと言えるのかどうか、オレにはわからないが。」
「フフフ、私はねェ、実は彼女、会美さんが好きだったんですよ、だからあのまま彼女が
精神に異常をきたしてしまうのだけは避けたかった、それが理由です。」
「じゃあ、彼女を元通りにしてやれるんだな?」
「私にはできません、と言うよりもするつもりはありませんよ。」
「なんでだ?」

オレはきわめて冷静に聞いた。

「彼女はあなたを愛している、あなたも彼女を愛している、私だって朴念仁じゃない、
嫉妬くらいするのですよ…私はあなたなんかよりも前に彼女に会っていたのに彼女は
あなたに惹かれた、まあ、もちろん私は一切モーションなどかけませんでしたがね。」

またニヤリと微笑む

「では、どうしたら彼女は元通りに?」
「後は神のみぞ知るってところですかね、それは明日かもしれないし、10年後
かもしれない…私には分かりません、せいぜい彼女を愛してあげることですな、
それがカギになるかもしれませんよ。」

佐藤は教えまい、オレはもう佐藤と話したくなかった。

「私はこの国を出ます、もうお目にかかることは二度と無いでしょう…
そうそう今回の仕事の報酬を忘れる所でした。」

佐藤はそう言うとスーツの内ポケットから小切手を取り出した、
オレに額面が見えるように。

「なんでこんな金額!!??」

ケタが3桁も4桁も違っていた。

「ちょっと色を付けさせて頂きました、そう、心配なさらないで欲しいのですが、
これは成田がちゃんと自分の"手"で用意したものです、不渡りなどでは
ありませんし、ちゃんと正当に現金化できるものです。」

"自分の"手"でか、自分の意思ではないんだな"

「フフフ、まあ、そう言う事ですよ…まあ、あなたもこれから彼女の事をずっと、
と言ってもいつまでかは分かりませんが、面倒を見ていかなければなりません、
その為にお使い下さい。」

佐藤はきびすを返すと病室のドアを開けた、そして振り返り一言。

「彼女が元に戻ったら、私が好きだったって事を伝えてください…まあもっとも
その時には彼女の記憶には私など一切残っていないと思いますがね。」
「彼女の記憶も触ったのか?」
「いえ、触ってなんかいませんよ、可能性としての話です、彼女は一旦心の回路
を遮断された事によって記憶の一部が消えている可能性が有るのですよ、
心の自浄作用とでも言いますか、特にあんな忌々しい記憶はね。」
「じゃあ、オレの事も?」
「おそらくは…同じ時間の上での出来事ですからね、では失礼します。」

佐藤は去って行った。

一つ聞くのを忘れていた、佐藤と成田の関係を…。

続く