カミングアウト

   この娘との出会いは約1年前、僕が行き付けのスナックでの事だった。

 

「田中さん、今日新しい娘が入ったわよ・・・・・。」

ママにつれられて、その娘が僕のとなりにすわる。

「みさきで〜す、よろしくおねがいしま〜す。」

およそ、夜の商売に似つかわしくないラブボートのブルーのパンツをはき、甘ったるいコロンをふりかけた女の娘だった。
僕は一瞬、砂糖菓子みたいだな・・・と思いながら、少し軽蔑を込めて質問をした。

「ねえ、歳いくつ?夜だけ仕事してんの?今までなにしてた?」

彼女は少し困った表情をして見せたが、少し間をおいて答えた。

「他のお客さんやママに、言ったってこと話しちゃダメよ・・・・。
 ここでは、はたちってことにしてるけど、ほんとはまだ18で、学生なの。
 だから、昼間は女子大生してる。」

僕は、その答えに「ふ〜ん」と愛想のない返事しかかえせなかった。
と、いうのも知性のかけらも見えない最近のコギャル風の娘が、ちゃんとした大学の学生とは夢にも思わなかったからだ。
その日は、たわいのない会話を交わし、あまり美味くない水割りを流し込んだだけでなんの印象も残らないまま店を後にした。

そうだ、僕のことも書いておこう。
僕は田中健二、歳は40歳だがまあ見てくれは32〜3ってとこだろう。
5つ年下の妻と二人の子供を持ってはいるが、妻子持ちとは人から見えないらしい。
ありふれた名前だが、みさきからは「たなかっち」と呼ばれている。
40才のオジサンに向かって「たなかっち」もないもんだが、最近はまんざらでもなくなってきてるから不思議だ。
小さな広告代理店に勤める傍ら、趣味が講じて音響装置のプロデュースなんかもやっている。
だから、ライブなどでやってくるタレントなんかともけっこう飲む機会が多いわけだ。
ちなみに・・・・・・いや、もうよそう。
なんか自慢たらしく聞こえる。
本題に戻ろう。

どれくらいその店にかよったころだったろうか。
あるときみさきがこう僕に言った。

「ねえ、たなかっち、こんどどっか飲みにつれてってよ〜。
 店が終わってから、どっかカッコイイとこがいいなぁ。」

僕が答える。

「わかった、じゃ、今夜はどう?
 今夜はちょっと飲みたい気分なんだ。
 明日は土曜日だからみさきも学校ないんだろう?」

みさきはうれしそうにうなずいた。
ぼくは、自分がプロデュースした店に、「河の見える一番いい席を獲っといてくれ。」とだけ電話をし、みさきの終わるのを待った。

「お待たせ・・・」

みさきが着替えて現れた。
きっとママから言われたのだろう。
最近は店の中では水商売らしい格好をしている。
でも、その格好は不満らしく、帰り際に着替えて出てきているのだ。
きょうは、ショートパンツにサンダル、淡いピンクのキャミといった、恥ずかしくないのだろうか?と思わせるファッションだ。

「きっと援交に見えるんだろうな・・・・。」

僕は心の中でそうつぶやきながら僕の腕に絡めてきたみさきの腕を引っ張るようにして店へと急いだ。

「カラン、カラン、カラン・・・・・・・・」

店のドアを開けるとドアにつけてある鈴が鳴る。
みさきに先に入るように目で合図をし、僕もあとからつづく。

「いらっしゃいませ、田中さん。お待ちしておりました。」

そういいながらマスターは"RESERVE"と書かれたアメックスの札を、テーブルから外しながら僕らを案内した。

「うわぁ、すっご〜い。 お店のネオンが川に映ってとってもきれい・・・・・・。
 こんなステキな場所があったんだぁ。」

みさきは子供のような笑顔を僕に見せた。
みさきの瞳に川向のネオンが映って輝いている。
このとき初めて僕は言いようのない女の匂いをみさきに感じた。

「みさき、今日は飲めるんだろ?
 いつも店では飲まないけど、けっこう飲めるんじゃないのか?」

みさきはいたずらっぽく

「飲めるよ・・・・・。でもよっぱらっちゃたら知らないからね〜。ちゃんと面倒みてよねっ。」

そう言い終えると、マスターに

「ジンをなにかフルーツで割って。」

と、僕より先に注文した。

「俺はシンジケートをソーダで割ってくれ。」

と、本当なら黙っていても出てくるものを妙に間抜けにオーダーした。

僕もみさきも5〜6杯は飲んだだろうか?
みさきの頬がほんのり赤く染まっている。
さっきまでの子供のような表情は失せ、まがいもないオンナの色気を漂わせている。
最初は、今まで付き合ってきた彼氏の事や、学校の事、洋服や、ほしいもののことなんかを話していたのだが、みさきがお店に来るお客さんの事を話し出した。

「ねえ、たなかっち・・・この前変わったお客さんがいて、突然みさきの履いていたパンプスを脱がしたんよ。
 そしてなにしたと思う?
 みさきの足の指先を触ったかと思うと、その手を匂ったんよ・・・・。
 あまりにもびっくりして文句も言えなかったけど、みさきのよごれた足の匂いなんか
 匂ってなにがいいのかなあ?」

僕の頭の中に、"足フェチ"の文字が浮かんだ。
さらにみさきが続けた。

「そのあとそのお客さんがみさきに、こんなこと言ったんだよう。
 <みさきちゃん、オトコは、誰でも少しはこういう一面を持っているんだよ。
  私はたまたま女の娘の足が好きだけど、他にもモノに対して性的なものを感じる人だ   
  っていっぱいいるんだよ。
  ねえ、みさきちゃん、今度汚れたストッキング譲ってくれないかなあ。>
 って。
 もう、この変体オヤジッ!って思ったけど、お客さんでしょ。
 その場は笑いながらごまかしたんだけど、絶対ヤダッって思っちゃった。
 でも、たなかっち・・・・・、たなかっちもそういうのってあるの?」

僕は口に含んだ・・・・・・いや、今まで流し込んだハイボールが一気に噴出しそうになるのをこらえながらみさきの目を見ずに答えた。

「ある・・・・・・かな?」

あるどころではない。
僕は記憶を遡れないくらいに小さなころから"風船"が大好きなのだ。
妻は知ってはいるが、友人にも誰にも明かせない僕のコンプレックスのひとつだ。
みさきはそんな僕の心の中を見透かしたように、少し酔った妖しいまなざしで問いかけてくる。

「それ、なに? なにがすきなの?おしえて。」
「あててごらん?」

僕は精一杯平静を装いながら言った言葉だったが、顔はアルコールとは違った赤みを帯びていただろう。

「う〜ん。 足じゃないよねえ。 おっぱい?それともお尻?」

みさきは自分の体で確認するようにひとつづつのパーツを言葉にした。
全部言い終えるころには僕もだいぶ落ち着いてきて、やり取りを楽しめる余裕まで出てきた。
と、同時に最後の一言"風船"というコトバをみさきの口から聞きたいとまで思えてきた。

「じゃあ、みさき、ヒントをあげよう・・・・・。 大人のおもちゃじゃなくって、子供のおもちゃだよ。」
「え?子供のおもちゃ? わかった、ぬいぐるみでしょう。」

僕は首を横に振る。

「ちがうの? じゃあ、ガラガラとか、う〜ん、わかんないなあ・・・・・・
 おもちゃ・・おもちゃ・・ そう、おにんぎょう。 え、ちがう?
 ええっと〜、好きになるものだからぁ・・・・・ ううん、わかんないっ!」
「じゃあ、もうひとつヒントをだそう。 いろんな色があってまあるいものだよ。」
「あ、わかった、おはじきでしょう!」
「こらっ、どうやっておはじきでエッチするんだよ!」
「じゃあ・・・・ボール?」

ここまでくると、僕はみさきとの会話で感じていた。

「う〜ん、ちかいけど・・・・・ そんな感じのもので、街中で配っている・・・・・。」

みさきがきょとんとした目でその一言を口にした。

「 ふ う せ ん ? 」

僕は黙ってうなずいた。

「ねえ、風船ってどうやって使うの? どうして好きになったの?」

みさきは好奇心の塊のように矢継ぎ早に聞いてきた。
みさきに打ち明けるにはちゃんと話さなければ、と僕は思った。

「じつは・・・・・
 僕が小さいころの事なんだけど、両親とも共働きであまりかまってもらった記憶がないんだ。
 夜は夜で、家に誰とはともなくお客さんが来てて、いっつも寝るのは一人ぼっち。
 で、いつのころからか寝るときに風船を抱いて寝るようになったんだ・・・・。
 でも、好きな風船をほしいんだけど、子供のころは、大人は風船を割るって言うイメージが
 強くて大人から風船を分けてもらうのさえ出来なかったんだよ。
 そうやって風船が気持ちいいって思いながら抱いていたんだけど、小学校5年だったか  
 なあ、いつものように風船を抱いていたら、突然イッてしまって・・・・・。
 もう、そのときはびっくりして何が起こったのかも判らなかったけど、今考えれば
 それが最初のオナニーだったんだなぁって。 
 それから後は、どんどん風船にのめりこんでいっちゃって。
 何人かの女の娘とも、人並みには付き合ったけどセックスのときも風船がないと何かも  
 のたりないって感じかなあ。
 まあ、そんな風にして好きになったんだよ。
 ぼくはあんまりこの言葉を好きじゃ・・・・」

と、言いかけたときにみさきが

「トラウマ・・・・・」

僕は正直びっくりした。
この言葉がコギャルっぽいみさきの口から出るとは思わなかったからだ。
しかし、それはすぐに理解できた。
みさきの家庭環境も同じようなものだったのだ。
いや、僕よりひどかった。
父親の暴力。母親の家出・離婚、等。
この娘も相当ひどい傷を心に受けてきていたのだ。

「だから、こんな話しをしてもやさしい目をして俺を見てるのか。」

そう思いながらみさきの今までのつらかった事を聞いていた。
途中でみさきは泣き出した。
今まで誰も心の叫びを聞いてやっていないのだろう。
みさきはその大きな瞳から零れ落ちる大粒の涙をぬぐおうともせず話しつづけた。
そして話し終え、ココルルのバッグからハンカチを取り出し、涙を吹きながらか細い声で僕にこう言った。

「今日は、いっしょにいて。」

僕らは湿っぽい空気の店を後にした。

続く