デリバリー

by Balloon Taster

 世の中便利になり、今やネットや携帯で大抵のことはデリバリーをしてもらえ るよ うになった。久しぶりにヘリウム風船がいいな、と、ショップに電話 をする。電話に出た女の子に16インチのピ ンクのブーケのデリバリーを頼む。向こうは商売、電話口が女の子でも粘 着せずあっさりと済ます。ネットで読んだことがるが、その昔、その筋の先輩は、地方都市のビジホに入り落ち着いたら部屋にあるイエローページ、あの頃は職業別電話帳、と いったらしいが、それの「がん具」「ゴム製品」のページをめくり、黄色い紙の上に描いてある風 船のイラストや店の並びを見てワクワクしていしたそうだ。いまでもイエローページ は あるんだったっけか?今じゃようつべで動画なんかいくらも見れる時代だし、風船もデリバリー だ。

 バイトの稼ぎが破片 と化 していくのは、コトが終わったあとでは特につらい部分も あるが、でも仕方がない。バイトは高校2年生の女子の家庭教師だ。高校3年や中学3年を受け持つと単価もハネ上がるが、受験受験、と親御さんが 必死 になっているのでちょっと勘弁だ。もちろん、金づる、とあからさまに言っては失礼だが、公私、の区別はつけるようにしている。受け持ちの子を妄想の対象に した ことは一度もない、と誓っていい。
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 暫くしてインターホンが鳴る。モノ が届 いたようだ。エントランスで他の住人に見られないよう、すぐボタンを押 し、玄 関のインターロックのドアーを開ける。新聞の勧誘も、 インターロックなら簡単に話が済みありがたい。テレビの音が大きく声は分からない が、グリーンのポロシャツ、いつものユ ニホームだ。ドアを狭くあけてモノを受け取る。受け取りにサインをしようとして顔を上げて驚 いた。怜子じゃないか。こ、こんなところで・・・。向こうもさる者、私お仕事中 です から、とでも言いたげに、余計はコトは一言も言わず顔色一つ変 え ずにモノを渡して「ありがとうございましたー」と去って行く。しばらく呆然とした。向こうは配達先を見て店を出る前から俺だと分かっていただ ろう が、こっちはそうはいかないんだ。

 ああ、なんということだ・・・。俺の性癖を感づかれたかな?でも、と、気を落ち着けようとする。向こうもビジネスなんだから、ちゃんと支払いさえすれば余計な詮 索もするま い。あの教室での一件と結びつけられることもなかろう・・・。それ以 来、 しばらくは自重の日々が続いた。珠美は、あれから2、3 回デートを重ねたが、・・・嫌がることを強いたことはなかったけど・・・、それ以上お互いの気持ちが通じ合うこともな く、お互い連絡も取らなくなった。
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 俺は4回生になると後輩に部長職を譲り、庭球部から身を引いた。一応、上場企業の内定は頂けた。帰宅し、シャワーを浴びて一服していると、暫くしてインターホンが鳴った。
「私だけど、今いい?」
怜子の声だ。なんのかんのと言って、半年ほど前から俺たちはつきあうようにな り、デートを重ね、お互いのマンションに遊びに行くほ どになっていた。モニ タをろくに見ずにロックをはずし、玄関を開けてみて驚いた。 ヘリウム風船のブーケを持った怜子が立っている。
「お邪魔だったかしら・・・?」
「・・・入れよ。」
慌 てて中に招き入れる。頭の中で時間が逆流する。でも、今日はデリバリーのユニホームは着ていないが・・・ それはそうだろうが・・・紺のスーツ姿 だ。あの、俺にとっての一大事から一年以上経つが、その後も面と向かって怜子から何か言われたこともなかったが・・・でも、今頃になってなぜ?・・・

怜子はパンプスを履いたまま、16インチのアソートの風船を従えてフローリングに上がりこむ。
「おい、 ちょっと待てよ!」
「あら、駄目だったかしら?いいコトしてあげようと思ったのに?」
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そう言い終わると怜子は、左の手首にリボンを全部くくりつけ、
「もう、私から逃げられないわよ?いいわね?」
と言い、
ブーケの中からグリーンの風船を引きずり下ろし、浮かぼうとする風船を無慈悲な表情で床板に踏みつける。痛めつけるようにヒールを食い込ませといくと、きれいなティアドロップの形が醜く歪んでいき、風船は悲鳴を上げる。ボン、というヘリウム風船が割れた時の独特の音がし、引き裂かれたゴム片が玲子の足元に飛び散る。イエローの風船を床まで引きずりおろしたかと思うや否や、ボン・・・悲鳴を上げる猶予も与えず踏み割ってしまう。

リボンを引いてピンクの風船を目の高さに引き下ろすと、ポーチからハサミを取り出し、風船の真ん中に突き立て、冷たい目で俺を見ながら左手で風船の裏側を押さえておいてじわじわ・・・と力を入れる。ボン!割れた風圧で怜子の前髪が揺れる。頭を振り、髪についた破片を振り落とす。ブーケをめがけ、スマッシュのよ うにハサミを振り下ろす。ボン・・・ひとたまりもない。リボンがまた一本床に落ち、バイオレットのゴムが飛び散る。ハサミを手から落とすと、「はあ・・・」怜子は息を吐き、ソファに座り、片方のパンプスを脱ぐと、床に散らばったゴム片をストッキングを穿いたつま先でかき寄せる。大きなピンクの残骸を見つけ手に取ると、両手でグイ、と引き伸ばし、俺を一瞥してから床に投げ捨てる。

ブーケの残りに目をやり、冷ややかな視線のまま、怜子はグイ、グイ、と二、三回リボンを乱暴に引っぱる。小首をかしげ、苛立たしげに舌打ちする と、ブーケの中からピンクの風船を探し出し、胸まで引き寄せ、
「・・・今日、何の日だったか覚えてる?」
俺に尋ねながら、ゴムの表面を爪で二度三度、いたぶるように引っかく。・・・何だったかな、入部説明会の日?始めてのデート?あのデリバリーの日?それとも・・・急いで記憶を辿ろうとするが狼狽してしまって全然思い出せない。
「・・・フフフ、別に何の日でもないわよね?・・・思い出せないのなら・・・」
怜子は鍛えられた両
腕を前に伸ばし透き通ったゴム越しに俺を見据え、両手の爪をグイ、と風船の腹に突き立てる。そしてゆっ くり腕を下ろし、見下した表情で指に力を込めていく。ボン・・・、歪んだ風船からく ぐもった音がし、破片が散る。

どうしたの?・・・ドン引きしちゃった?」
スーツについたピンクのゴム片を鬱陶しげに払い落としながら、冷酷な目で床に散らばっ た破片に目をやり、そして憎しみに満ちた目で俺を見据える俺は息を飲み、床に視線を落とし、言葉も出ない。そしてようやく気がつく。・・・そのハサミ は・・・それは・・・怜子冷たい表情を崩さず、ソ ファに座っている。テ レビの音だけが流れ、しばらく無言の時間が続いたあと、怜子が切り出す。
私、わかっているのよ。」 

「トラップ」に続く)